これから躰道を始めようと思う方は読まないでください。

それ以外の方でも、ここから先は長文になります。読むのに20分ぐらいかかるかもしれません。

あなたの貴重な人生の20分を無駄にする可能性が非常に高いです。それを覚悟で読んでください。オチも特にございません。

いつも真面目にブログ更新しているつもりですが、今回は路線を変えます。

それでは始めましょう。つくば道場元道場生のお話。

 

 


☆大橋伝説☆

登場人物

主人公:大橋

管理人:当サイトの管理人(私) 大橋から見ると躰道の中では先輩扱い

会長:躰道関係者

この3名が主な登場人物

 

大橋と出会ったのは彼がまだ大学二年生の頃だったと思う。

春の合同合宿で一緒になったのだが、最初の印象は「うわぁ、うちの学校にはいないタイプ。うちだったらアウトだな。」という風貌をしていた。久保田利伸の様な外見、メリーゴーランドが回りそうな髪形をしていた。見るからに言うことは聞きません。チンピラですとの主張であるが、話してみると気さくな奴で悪い子では無さそうな雰囲気。きっと、彼の先輩は苦労したことだろう。たぶん、悪い子だったから。

その後も顔は合わせていたはずだが、特に印象的だったのは管理人が第40回全日本選手権の実行委員長を務めた時である。その大会で個人実戦競技で優勝したのが大橋である。

 

全日本選手権で優勝したことをきっかけに大橋は躰道の海外普及へと旅立つ決心をする。

管理人はそんなことは知らなかったのだが、当時流行っていたSNSのmixiにDさんから誘われた。以前からSNSは面倒だと思い他からの誘いは断っていた。だが、なぜかその時は誘いに乗って登録をした。すると、大橋がオーストラリアへ躰道の普及へ行くので送別会を行うことが書かれていた。実は管理人も躰道普及を目的に海外雄飛したことがある。応援したい気持ちになったので飛び入りで送別会へ参加した。これには大橋も驚いただろう。不思議な縁である。あの時、mixiへDさんが誘ってくれていなかったら、海外へ旅立つ前の大橋に会いに行くことはなかった。タイミングが少しずれただけでも結果は異なる。この先のストーリーへと続くことはなかったであろう。 つくづく奇妙な縁である。

盛大な送別会だった。彼を慕う人がとても多いことがわかる送別会だった。


オーストラリアへ旅立った後の大橋の様子は彼が更新するブログで追いかけていた。

今現在、その時の記録を見ようとブログを見ようとしたが見つからない。

どうやら彼はどうしようもなく、イカレタ過去の歴史を抹殺したらしい。

旅先で己を追い込むためにクレジットカードを切り捨てた等の意味不明な記事や原住民ともめた話等も見当たらない。残念だ。


オーストラリアへ旅立った大橋の初期の投稿は特に問題なかったと思う。

だが、途中から様子がおかしくなってくる。

腰の調子が悪いとかそんな内容であったが、段々と悪化していくのが内容でわかった。中でも確かエスカレーター(階段だったか?)で下半身の力が入らずに崩れ落ちたという。相当、具合が悪いことは察することができた。病院でいくら検査しても原因が特定できずに困っている様子は伝わってきた。病院にもかかったが、海外での治療というのは大変なものである。いくら英語が喋れても、海外に長く居ようとも、その症状を相手に外国語で伝えるのは難しいと聞く。痛いということだけでも、ズキズキ痛む、鈍痛、しびれるような痛さ、特定の動きをした時のみに発する痛み。表現は色々とある。だが、日本語同士でも痛みを正確に伝えるのは難しい。表現できたとしても相手に伝わっているかどうかはまた別だ。 さらに海外での治療はお金がかかる。 日本でも健康保険ではなく、旅行保険や無保険であれば通常料金の2倍請求されることは普通にある。 大橋が旅行保険に入っていたとしても一度は支払い、後日精算となるので手持ちの現金はなくなる。これは管理人も海外生活をしていたので状況は予測できる。結果として100万円前後の治療費を自費で支払っていたようである。

 だが、ブログのコメント欄は「がんばれ」とか「お大事に」とか書かれている。まぁ、それが普通であるし、日本からはそれ以外のことはできない。ましてや、彼は後輩に慕われる傾向があるのでなおさらである。大橋にもプライドがある。あれだけ盛大に見送ってくれたのだから頑張ろうという気落ちはあったはずだ。

 だが、あまりの様子に管理人は見ていられなかった。出身校も違ったけど躰道の中では先輩後輩の間柄だ。偉そうに忠告をした。

「恥じることはない。一度日本に帰ってきなさい。」ということをあえて皆が見られるブログに書き込んでみた。(そう簡単には帰ってこないか。まだ数カ月だし、プライド高そうだからな。)

 


 その後、少しメールでやり取りをした。その時のメールが残っていたので一部抜粋

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実は検査結果次第では日本に治療するために

「寄ろう」と考えてます。

 

*あくまで「寄る」で「帰る」ではありません(負けず嫌いです。。。)

 

まだ脳の検査結果が出てませんが、

その後もスポーツドクターやリハビリなど

金額が半端ではく&治療も的確ではないとのことで

治療最優先で考えてます。

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こうして大橋は日本へ帰ってくることとなる。2007年のことだった。

 

ここまでは前菜だ。お通しみたいなものだ。ここからが本編といってよいだろう。

【大橋つくばに来る】

大橋が日本に戻ってきた。成田空港での手持ちは現金1000円とツタヤのカードのみだったという。

身も心もボロボロにといは言うが、なかなかここまでボロボロになった人間は管理人の知り合いの中ではいない。

 大橋の実家は埼玉の奥地であり、つくばまで通うのは無理なのでいろいろと受け入れ準備はしていた。

 まず、会長にお願いをした。 この会長は医師であり、福島医科大学の空手部を作った方である。現在の福島医大躰道部の創設者である。

管理人「会長、原因不明で苦しんでる患者を受け入れてほしいんですが。躰道関係者です。会長が日本躰道協会の会長をしていた頃の末端の会員ですが、海外に普及に行き原因不明の症状で戻ってきます。」

会長「そうか、その頃の選手か、受け入れろ。海外からだと日本の健康保険は入っていないのか。治療前に加入させろ。それが条件だ。」

管理人「わかりました。ところで埼玉の僻地からやってくるので住む場所が無いのですが、どこか部屋はないですか。」

会長はいろいろと言っていたが、当時会長が所有していた昼寝用の別邸を丸ごとお貸しいただいた。ちょっと寂しそうだったが。

 

準備は完了、大橋がつくばにやってきた。

お金もないので当面の食料とユニクロでジャージを買い与えた。

このころ彼は乾麺のうどんばかり食べていていたはずである。 ある程度食事に連れて行ったりはしたと思うが。

ネットがしたいだろうということでアナログ回線の超遅いインターネットもつなげられる環境にしてやった。 今のスマホの1000分の1以下の速度ですね。

【つくばに来て早々、大橋がやらかす】

借りてた家に小型の冷蔵庫があった。冷蔵室におまけで冷凍がついているタイプ。その冷蔵庫に氷がくっついて、箸だか棒で砕いて割ろうとしたらしい。

「先輩、冷蔵庫掃除してたらプシューってガスが抜けました。壊しました。」

来たばかりに借り物の冷蔵庫を壊す。 仕方が無いので中古のを買って入れ替えました。

さて、肝心な体の具合

 

まず、脳神経外科にかかった。MRIを取り、脳から脊髄までの範囲を見てもらう。下半身がしびれるような原因は見当たらないとのこと。ただそれとは別として、「この腰ではもう運動はできない。」 長年の蓄積か、大橋の腰はDr.ストップとなった。

大橋「なんとか治療して復帰できないですか、自分は躰道という武道をやっていて・・」

Dr.「知ってるよ。やってたから。」 このDr.も躰道(当時は空手)経験者であった。

Dr.「試合の時だけコルセット… いや、無理だ。この腰ではもう運動はできないよ。」

現在の大橋を知っている人たちからすると意外かもしれないが、大橋は10年前に躰道はダメと言われてますので。


その後、別の日に神経内科でまた別の検査を行った。神経の伝達速度は・・・・・・・

 

むしろ良い。その他、食生活等も聞かれ「オーストラリアでインスタントの辛ラーメンばかり食べてました。」(韓国のインスタントラーメン 値段が安い。)

Dr.からの注意で食生活が偏っていることで注意を受け、特に辛い物はダメになりました。

あれ以降、辛い物もDr.ストップですので彼が餃子にラー油を垂らそうものなら注意してやってください。 

 脳神経外科でもない、神経内科でもない、しびれの原因はどこにあるのか。

ここで会長が動く。

「管理人くん。整形外科のA先生に電話をつないでくれ。」

「もしもし、A先生? ちょっと知り合いで診てもらいたいのがいるんだけど。 手術が必要なら手術して、彼はこのまま中途半端に生きていてもどうしようもないク◎△$♪×¥●&%#?!」

ここでは言葉にできない表現ではっぱをかけていました。意味としてはDEAD OR ALIVE 的な感じで。 結果としてはこれがよかったのかもしれない。

 

 整形外科を受診し、また検査を行った。 MRIの撮影時にしびれが発生している状況を再現するために検査室の前でスクワットをやってから撮影したり結構特殊だったらしい。

 診察の結果、100%確定ではない前提であるが、とある筋肉が神経を圧迫している可能性が高いとのことであった。 普段はあまり使わない筋肉だけど、ピーの時に使ったりする筋肉でそこが発達しすぎて神経に影響しているんじゃないかとのこと。

ただ、この状態だとお尻を切ってその筋肉を切ることが必要になる。 1000人6人ぐらいの症例なので、実際に切ってみないとわからないとのことであった。 大橋からしたらそれでもようやく見えた希望のある回答。 ここで賭けてみる以外に選択肢が無かったという状況であった。

【入院前】

 後日、手術の少し前になり、A先生が会長に大橋の手術をすることを伝えた。「そうか、よろしく頼むぞ!」

会長が管理人に聞く「なぁ、なんであの若いDr.が手術をするんだ?」

管理人「だって会長が大橋の治療を依頼したじゃないですか。 クズで生きてく価◎△$♪×¥●&%#?! って。」

会長「俺が言ったのかい?そんなこと酷いこと? それであんなに張り切っていたのか。俺はB先生に頼んだつもりだったんだが。」

管理人「えぇ?今さら… 確認したほうが良いですか。」

会長「いや、若いといっても俺から見ると大体の人が若いしな。彼もそれなりの経験は積んでるし大丈夫だろう。」

管理人「じゃぁ大丈夫ですね。」

会長「それよりも確認したいんだけど、本当に俺がA先生を指名したのかい?」

管理人「人のせいにする気ですか、話してたじゃないですか。」

会長と一緒にいるとよく「漫才みたいですね。」と言われたことを思い出す。

こうして、大橋の手術の話は進められていった。

担当の先生からの指示では手術までにストレッチをして患部を柔らかくしておくようにとの指示であり、トレーナーによる指導が始まった。

 

担当のトレーナーさんは筋肉が適度にあり、引き締まった体形。見るからに体育会系というのがわかる風貌だった。

そのトレーナーさんが言っていた。

「管理人さん! 大橋さんすごいですね!」

「何が?」

「彼の身体能力はものすごいですよ!彼みたいな運動能力を持った人はなかなかいないですよ!」

大橋のことをベタ褒めで熱く語っていたので、その指導を時々見に行った。

 

「ハイッ! ハイッ! ハイッ! もっと! もっと!」

熱血指導で蹴りの動きまでしている。

そして、ゴリゴリの筋トレを行っている。

こそっと大橋に確認した。

管理人「なぁ、ストレッチするためにトレーナーがついたんじゃないの?トレーニングじゃん。」

大橋「いやぁ、自分もよくわからないんですけど、トレーナーさんが褒めるの上手で自分もついやっちゃうんですよね。」

管理人「鍛えすぎた筋肉を柔軟にするはずなのに、なんで鍛え上げてんだよ。逆だろ。」

大橋「自分もそう思うんですけど、言いづらくて。」

これ以降も管理人は大橋がトレーナーとストレッチをしている姿は見たことが無い。 

手術不要なのでは?と思うぐらいトレーニングを頑張っていた。 きっと間違った方向で。

 


【入院日】

病棟で看護師さんの説明を受ける。とても看護師の中でもとてもクールな看護師であった。

何か大橋が面白いそうなことを言ってもちっとも表情を変えない。職業柄できっと慣れているのであろう。

だが、そんな彼女も笑う時があった。

 

「大橋さん、手術前にT字帯を売店で買って用意しておいてください。」

「T字帯って何ですか?」

「ふんどしみたいなものです。」

「自分、TバックとかOバックなら持っているんですけどそれじゃダメですか?」

慣れている看護師さんもこの質問は初めてだったようで少し笑っていた。

結局、マイTバックは不許可となる。 ほぼ、ヒッピー状態の大橋がマイTバックを持ってきていたのには驚いた。 男性でも持っている人は少ないと思いますが。

 

しばらく入院となるので、ずっと病院食になるだろうから手術前に焼肉を食べに行くこととした。外出許可をもらって牛角へ行った。

「大橋、好きなだけ食え。」

「ありがとうございます!」

すると、一味唐辛子と焼肉のたれを半々ぐらいで混ぜて食べ始めた。唐辛子のペーストみたいな状態である。

「大橋、そういうところが原因なのかもしれないぞ。手術でうまくいけばいいけど、他の原因だったらどうする? 食事に気をつけろと言われてたじゃん。」

「そうっすね。気をつけます。」

「ところで先日テレビでやっていたんだが、全身麻酔の原理ってはっきりしてないらしいぞ。」と面白がって脅してみた。

「目が覚めない事例もあるらしい・・・」

「マジっすか?やばいっすね。 麻酔で全部緩んで脱○なんてなったらまずいっすね。手術中にカルビが出てきたなんてなったらどうしましょう。これが最後の晩餐になるかもしれませんね。はっはっはっ。」

二人とも若かったので結構食べた。手術前日にあんなに食べてよかったのだろうか。

お尻から切る手術だから手術後はずっとうつ伏せになるのか? 

なんとも言われてないっすね。ずっとうつ伏せはきついっすね。なんて話をしていた。

大橋を就寝時間前に病院へ送り届けた。明日の手術成功を祈るのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

祈るのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祈りが足りなかったのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神は祈りが足りなかったり、適当だと罰を与えるのだろうか。

 

 

深夜1時過ぎに管理人の電話が鳴る。病院の看護師長さんからだった。

「管理人さん。ごめんさいね。こんな時間に電話して。寝てたでしょう。」

「何かありましたか?」

「それが… 大橋さんがいないのよ。 10時ぐらいに近所のコンビニに行くといって病室を出てから3時間も戻ってこないの。 何かあったのかしら、手術が怖くなっちゃったのかな。管理人さんが保護者みたいなものだと聞いたんで電話したんだけど、心当りない?」

「わからないですけど、探します。ご迷惑をおかけしてすみません。」

何故、管理人が謝っている。 全身麻酔の話にビビったのか?いや、そんなタマではない! さんざん面倒見てやって焼肉まで食わせてやったのにプリズンブレイク発生だと?ふざけやがって! 管理人も若かったのですぐに怒りが頂点に達していた。深夜1時過ぎの捜索が始まった。

 

【脱走兵大橋】

焼肉から帰ってきてわずか4時間で大橋の捜索となる。

奴はつくばでの土地勘は無い。行くとしたらただ1つ。

会長から借りている家だ!

車を飛ばす。会長の家を外から確認する。電気がついている! 

玄関のドアノブに手をかける。鍵がかかっていない。ここで一度冷静になる。静かに玄関へ侵入する。

リビングの扉前に立つ。ここから姿は見えないが奴は間違いなくこの向こう側にいる。泥棒がいるとかは一切考えなかった。絶対に大橋がいるとの確信だった。勢いよく扉を開ける。

 

「大橋ィ!! てめえの脳みそはぬか味噌でできてんのか???◎△$♪×¥●&%#◎△$♪×¥●&%#。」

深夜1時半ごろに怒鳴り込んだその先に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全裸で正座している大橋がいた

全裸でこんな感じ
全裸でこんな感じ

 

「あぁ、せ、せ、先輩。あの、これはですね…」

 

この文章を読んでいる人に問いかけたい。

あなた方の人生の中で全裸で正座をしたことが何回ありますか?

全裸で正座する必要になったことがありますか?

 

意味がわかりません。

 

「とりあえず、服を着ろ(怒)」

「は、ハイ!」

「どういうことなんだ!説明しろ、コンビニに行ったんじゃなかったのか!(怒)」

「あのぅ、これはですね、先生にストレッチをしておけと言われたのを思い出して、ストレッチするならお風呂に入ってからのほうが良いと思いましてここでお風呂に入りました。それでストレッチしてたら、そうだブログを更新しよう!と思いまして書いていたところです。」

「それで全裸で正座してパソコン打っていたのか?」

「はい、すみません。」

 

もう一度皆さんに問いかけたい。全裸でストレッチをしますか? フローリングで全裸ストレッチなんて気持ち悪くないですか? 何も身に着けないオールフリー状態ですよ?

この時、大橋がオールフリーストレッチという方式を編み出していたら、発案者として有名になっていたかもしれない。 もし、商標を取っていたらサントリーにオールフリーという商標を売りつけて小金持ちになっていたかもしれない。

 脱走兵を捕獲し、病院へ送り届け関係者に謝りました。

 

全裸ストレッチが想像できなかった人用に下記のポーズを全裸で想像してみてください。

【手術当日】

前夜のことがあり管理人は立ち合いもしませんでした。忙しかったし。

 

【手術翌日】

大橋の病室に見舞いに行った。

お尻を切ったのに仰向けで寝ていた。仰向けでよいらしい。

「どうだ?手術後は?」

「めっちゃ痛いです。」

「カルビはどうなった?」

「それが、う○こがしたくなって看護師さんを呼んだら… ハイってちり取りみたいなものを渡されて… こんな大部屋じゃいくら何でもできないっすよ。臭いが充満します。だから、我慢してます。」

彼にも羞恥心というものがあったらしい。

 

【手術翌々日】

「大橋、う○こはどうなった。」

「ガラガラってタイヤがついてる歩行器っていうんですか?あれで何とかトイレに行ってトイレの壁で手を突っ張り、座らずに気合いでしました。」 気合いというのは大事である。

手術後何日経ったか忘れたが大橋がこんなことを言っていた。

「先輩、トイレで力んでいた時なんですけど、傷口をホッチキスみたいなもので止めていたんですが、傷口が耐えられなくて開いちゃいました。傷口が段差になってくっついてます。」

お尻周辺の手術は大変だということがよく分かった。

 

 

 

病室には後輩たちもお見舞いに来たようだった。

 

 

仏像のマスクを被って・・・・・

 

 

 

バカばかりである。今だったら通報されるかもしれません。

お尻が4分割になった写真

 


【退院後】

大橋はリハビリもあるのでしばらくつくばにいた。

道場の練習では立っていられないのでハイハイで参加していた。

茨城県として久々の団体実践競技メンバーとして参加できるようにまでなった。

治療が終わり大橋は埼玉の奥地へ帰っていった。

手術が成功し、しばらくはしびれ等もあったようだがほぼ良くなったようである。

だが、オーストラリアでの夢を失った彼の心の傷が癒されたわけではない。相当病んでいたと思う。

 


 

 埼玉で彷徨っていた大橋は川越駅前で、ある人物に悩みを打ち明ける。

 

 

托鉢をしていたお坊さんに・・・ 

 

 

本当に悩んでいたんだろう。すると、彼が大橋にこういったらしい。

「滝、行ってみる?」

年末になると凍てつくような寒さの中で大橋が滝行をする写真をfacebookにアップしている。始まりはここからだったらしい。 滝行で唱える呪文もマスターできたようだ。

毎年、大橋に連れられて滝行に行っている後輩たち。自主参加であることを祈る。

「先輩も行きませんか?」と誘われたが丁重にお断りさせていただいた。

だって、大橋が覚えた呪文は間違えて覚えていそうだったから。

皆さんも大橋に会うことがあったら、呪文を言えるか確認してみると良いでしょう。


その後、大橋はキックボクシングのプロライセンスを取った。プロデビューするには年齢的にもかなり遅すぎだったがデビュー戦を見に行った。

彼の腰はとっくにDr.ストップになっていたのにそれでも戦うまで復帰できるようになった姿を見て嬉しく思った。 でも、Dr.ストップなのは変わってないはずだが。

 

しばらくして彼が道場を立ち上げると報告してきた。

当初は志錬館という名前にしようとしていたが、公共の施設を借りるのだし、館を名乗るのは自前で道場を持った時でいいんじゃないとアドバイスしたことで志錬会となった。

そして、現在の躰道で最も急成長している道場として活躍している。

今後も紆余曲折はあるだろう。

だが、そのたびに大橋は這い上がれるだろう。

短い期間ではあったが、つくば道場に所属し、強烈なインパクトを残していった大橋先生のお話でした。